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ちゃーりーとちょこっとレーティング工場

20代サラリーマンのまったり株式投資記録です

読書記録#10:『まぐれ』

読書記録(書評)


こんにちは!

読書記録目次』より十冊目の感想文ですー
今日はこちら!

『まぐれ』,ナシーム・ニコラス・タレブ(望月衛訳),2008,ダイヤモンド社

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今日は感想・書評+簡単な要約も書きました!
手抜き気味のまとめ方になってしまいましたが…笑

 

 

 

目次

 

第I部 ソロンの戒め:歪み、非対称性、帰納法

 -第1章 そんなに金持ちなら頭が悪いのはどうしてだ?
 -第2章 奇妙な会計方法
 -第3章 歴史を数学的に考える
 -第4章 たまたま、ナンセンス、理系のインテリ
 -第5章 不適者生存の法則:進化は偶然にだまされるか?
 -第6章 歪みと非対称性
 -第7章 帰納の問題

第II部 タイプの前に座ったサル:生存バイアスとその他のバイアス

 -第8章 あるいはとなりの億万長者でいっぱいの世界
 -第9章 卵を焼くより売り買いするほうが簡単
 -第10章 敗者総取りの法則:日常の非線形
 -第11章 偶然と脳:確率をわかるのに不自由

第III部 耳には蝋を:偶然という病とともに生きる

 -第12章 ギャンブラーのゲンかつぎと箱の中のハト
 -第13章 カルネアデス、ローマへきたる:確率論と懐疑主義
 -第14章 バッカスがアントニウスを見捨てる




要約

 

投資でも仕事でも、一般的には、成功した人には相応の能力があると思われています。
歴史なんかでも、起きた出来事はなにかの因果でなるべくしてそうなったと捉えられがちですよね。

でも実際のところ、結果だけを見ても物事の本質はわかりません。
なぜなら、見えている結果は単なる偶然の産物かもしれないからです。

ある人や物事、理論などが成功しているのは、単にありえた可能性のうちのある一つのシナリオに適応していた結果に過ぎないことが往々にしてあります。
たとえば、生物の進化でも、残った種は必ずしも優れていたのではなく、環境にたまたま合っていただけだったりします。

ゆえに、結果ではなく事物の確率分布や期待値を見ることこそが重要です。
それによって観測物の本質を捉えることができるというわけです。


ですが、人間の脳はそもそも、複数のシナリオを考えて確率のような不確実性を理解するのには向いていません。

確かに、「これこれの確率はこうだから期待値はこうなる」なんてことは数学的には計算できて、分かったつもりになれるかもしれません。
でも、「期待値」はありうる個々の事象の濃淡が混ざり合った何物でもない複合物です。それを感覚的に受け止めるのは極めて困難です。


では、どうするのがよいかというと、偶然に左右されないような作戦を持つこと、物事は自分が考えるより複雑だと思っておくことが良いのではと考えられます。

偶然というノイズに惑わされないようにルールを作っておいたり、その一方で自分の考えにこだわりすぎずに不確実性を認めて柔軟に考えを変えたりできるのが良いという感じです。

 



参考になった点

 

リスクとリターン

観察できるのはよくてもリスクとリターンの混ざり合ったもので、リターンだけを観察できることはない(p.92)

私はできるだけめったなことでは儲からないように努めている。(…中略…)というのは、ただ、そういうめったに起きないことは適正な価格がつかず、稀なほど価格は割安になると考えているからだ。(p.134)


リスクとリターンについて。

上の引用はそのまんまで、結果を見ることでリターンだけを図ることはできないというもの。
リスクとリターンは表裏一体だから結果から片方だけ見て取るなんてことはできないわけです。

特に短期だと、結果に見えているのは、リターンの要素よりもリスクの要素の割合が大きくなるとも筆者は言っています(平均への回帰が起きないため)。

下の引用は、滅多に起きないことに賭けたほうが期待値が高くなるという考え。
滅多に起きないことはそれだけ過小評価されやすいので、評価の歪みが生じやすくなるというもの。

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以上の二つの引用からわたしが思ったのは、「リスクを管理するのではなくリターンを管理をしたほうがいいのでは」ということです。
リスクを主にし、リターンを従に持っていくという感じです。

投資では、「あるリターン目標に向けてリスクを管理する」という考え方が主流かと思います。
リターン目標を外さないように、リスクに対して機械的な対処をして常に軌道修正を図るという考え。

ですが、タレブさんの言葉を踏まえると、「あるリスク目標に向けてリターンを管理する」ほうがいいのではという気がしました。

まず、上の引用からは、リスクもリターンと同様に目標値として設定しうると推測できます
結果からはリターンだけでなくリスクも観測できるということなので、リスクもターゲットにできうるわけです。

それに続いて下の引用からは、リターンを管理しているように感じ取れます。
本意はもしかしたら違うのかもしれませんが、「めったなことでは儲からないようにしている」という筆者の言葉には、まさにリターンを管理するという姿勢が含意されているようにわたしには見えました。

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で、こう考えることで何がよくなるのかと言いますと、「ディフェンシブかつアグレッシブな投資」が可能になるのではとわたしは思うわけです。
理由とかはなく単なる主観ですけど(^_^;)

リスクを目標にすると、スタート地点はディフェンシブなものになる気がします。

これぐらいのリスクまでなら許容できるなーみたいな。
これだけのリターンがほしい!というアグレッシブさはないです。

でもその一方で、この考えは攻撃性も持ちやすいという側面もあると考えています。

リスクを目標にするということは、ある確率分布を目標にするということなので、頭の中で何回も事象が試行されるのを描きます。
なので、必然的に長期的な視野をもちやすいかなーと。

長期的な視点が持てるので、それなりに高いリスクも根拠をもって取っていきやすいのではと思いました。

ちなみに逆に、リターンが主に来ると、「アグレッシブかつディフェンシブ」な投資になりやすいと考えてます。
こちらもこちらで魅力はあると思うので、どちらがいいのか、これからも考えていきたいです。
単なる言葉遊びな気もしますけど(..)笑

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 ●科学とは

何をするにしても、世界の見方に関するなんらかの理論にもとづいて賭けをしていることになる。でもそのとき、こんな条件を自分でつけるのだ:どんな稀な事象が起きても、そのことでひどい目には合わない形にすること。(p.164)

科学とは単なる賭け、単なる憶測の塊に過ぎないのだ。(p.164)

 

またしても長くなってしまったのでここは簡単に…

この引用は両方ポパーの考え方から来てますね。
科学は一般に考えられているほど厳密で正確なものではないという。

科学における理論は反証可能性を持っていなければならないため、いかなる理論も絶対の正解とは言い切れません。
今主流の理論も、いままでなされてきた反証に耐えてきたから、現状とりあえず正しいことにされているに過ぎないという感じです。

「どんな稀な事象が起きても、そのことでひどい目には合わない形にすること」はその科学的な方法を端的に示している気がします。
これは投資にもつながるところがあると思ったので引用した次第です。


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この二つを引用したのは、「投資はアート」っていう言説にずっと疑問を抱いていたからという理由もあるんですよね。
おそらくこの言葉のもとはグレアムさんのものです。
簡単に言うと、投資は個人の主観によるところが大きいからアートという感じです。

ここでいうアートというのは科学との対比で言われています。
こういう言い方がされているのは、「科学」が非常に厳密で客観的なものと想定されているからこそかと思います。
ですが、ポパーが言うとおり、科学ってそもそもそれほど厳密なものではないんですよね。

だから、投資が緻密なものではないというだけでは、アートに近いと言ってしまうことはできないんじゃないかなーと。
今正しいとされている科学の理論だって、元をたどれば個人の恣意的なチョイスで導かれたものだって多くあったわけですし。

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長くなってしまったのでこれで!

GWには本読んで読書記事書いていきます(・・ゞ

ではでは(^_^)/~