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ちゃーりーとちょこっとレーティング工場

20代サラリーマンのまったり株式投資記録です

読書記録#19:『戦略は直観に従う』


こんばんは!

読書記録目次」より十九冊目の感想文ですー。
今日はこちら!

『戦略は直観に従う』,ウィアリアム・ダガン(杉本希子・津田夏樹訳),2010,東洋経済新報社

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目次

 

第1章 ひらめきと第一感―戦略的直観とは何か

第2章 地球史に残る科学革命―コペルニクスニュートンと直観的ひらめき

第3章 右脳と左脳―脳科学が解き明かす知的記憶の働き

第4章 戦略的直観vs.専門的直観―消防士とチェス対局者の脳内

第5章 ナポレオンのヨーロッパ征服―古典軍事論におけるひらめき

第6章 仏陀の闘い―初心に帰る道

第7章 ビル・ゲイツとグーグルが命運を懸けたもの―ビジネスにおける戦略的イノベーション

第8章 社会的企業の実践経営―アメリカ社会運動とグラミン銀行の現場から

第9章 アフリカ彫刻と食事をするピカソ―創造性は盗めるのか

第10章 戦略的直観は教えられるのか―デューイの教育論

第11章 ケネディアポロ計画―環境が進化をもたらす




要約

 

世間を「あっ」と言わせるような優れた発想には、個人特有の才覚が欠かせないと一般的には思われている。
ビル・ゲイツのウィンドウズ、ピカソのキュヒズムなどの各界のイノベーションにおいて、彼らの発想力こそが鍵であったことを疑う者はいないだろう。

しかし、イノベーションは、何もないところからの独自の創造によって生まれるのではない。
過去の先例の組み合わせの妙によって生まれるのである。

たとえば、ピカソの歪みの表現、奇抜な色彩、角ばった描写にしても、彼全くのオリジナルなのではない。
実際、ピカソの技法は、マティスの歪みの技法と色彩感覚に、アフリカ彫刻の角ばった造形が合わさったことで完成された。
たしかに、組み合わせ自体は非常に独創的だが、技法を構成する個々のパーツは全くもって新しいものではなかったのである。

したがって、過去の常識を覆すようなイノベーションは、実は過去からのジャンプアップではない。
過去のパターンを現状に当てはめたアナロジーの結果なのだ。

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では、イノベーションは過去の先例を学べばいとも簡単に起こせるのかというと、もちろんそんなことはない。

「先例」に加えて、「平常心」、「ひらめき」、「意思の力」が必要になる。

知識や経験という基礎(先例)に基づきつつ、冷静沈着に現状を捉えること(平常心)で、やっと先例を組み合わせた良いアナロジー(ひらめき)は生まれる。
そして、最後に、得たひらめきをやりきること(意思の力)も求められる。

このなかでもとりわけ重要なのが「平常心」である。

「平常心」は、これまでの観念や今持っている目標を取り払ってゼロベースに考えることの大切さを説く。
まず現状をありのままに見つめて、そのあとで自分が必然的になすべきであろうこと(目標)を考えなさいということだ。

すなわち、レリゴーである。

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ゆえに、わたしの言う「イノベーション」は、革新的な目標を見つけだすこととほぼ同義である。

「目標達成のためにはどんな手段を取ればよいのか」ではなく、「過去の先例と現状の関係性からどのような目標を設定すべきなのか」を考えるべきなのだ。
目標などは先に持たず、雑念を捨ててありのまま現状を見つめ、そこに過去の先例をうまくフィットさせることこそが重要だろう。


このような発想は、従来のイノベーションに対する考えとは全く異なっている。

これまでは、イノベーションを起こすためには先に目標を設定しておくべきという考えが主流だった。
ある目標に向けてどのような努力をするべきかという議論である。

しかし、これでは真のイノベーションは起きえない。
なぜなら、目標が先に来てしまった場合、目標は革新的なものにはなりえないからだ。
目標が革新的ではないなら、それを達成する手段がいくら革新的であろうと、結局は大きな意味を持たないだろう。

あるいは、革新的な目標設定ができることもあるかもしれないが、その場合には現状を無視した過大な設定になってしまうことがほとんどだ。

やはり過去の先例と現状を適合した目標設定がイノベーションには欠かせない。





参考になった点(書評)

 

進歩(ひらめき)とは

進歩の分岐点という曲がり角に立てば、進歩がどこからやってきて、どこに向かっていくのか、前後両方を見渡すことができる。(p.22)


進歩(ひらめき)は、過去との断絶を前提として成り立つわけではないという主張。
これはクーンのパラダイム論からきてます。

この文脈では、過去の先例の誤りを正すというより、先例の適用範囲を修正することでより良い考え方の方向性を導くのが「進歩」であると言っていました。

方向転換が進歩であるっていう感じですね。

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これを見て、ひらめきが頭に浮かんだまさにその時というのは、従来の考えの正しさと新しい発想の正しさが両方とも違和感なく頭の中に共存するものなのかなー、とわたしは思いました。

抽象的ですみません……

うーん、なんというか、反証しようとしている過去の考えとこれから導き出したい新しい理論が、必然的に結びつく瞬間があると言いますか。
間違えを示したい従来の考えと新しい着想が対立しない瞬間があるというのがおもしろいなーと思った次第です。

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これだけだとさすがに意味不明すぎるので頑張って少し説明を……

基本的に、「より良い発想を!」とか「イノベーション!」とか言うときって、現状になにかしらの問題があるケースがほとんどだと思います。

これまで続いてきた考え方がおかしくて問題が発生しているから、今の考え方を正さなければならんという場面です。
現状に問題がなければ別にイノベーションとか要らないわけで。

だから、イノベーションっていうのは、必然的に、過去の考え方や現在主流の考え方と断行するところから始まることが多いはずなんですよね。
「これがだめだった」、「あれがだめだった」という感じで今までの考えを切り捨てて、「じゃあ私たちの目指す理想郷に向けて新しくどうしていこっか」と話を進めるわけです。

でも、さっき言ったように、イノベーションは結果だけ見ると、過去の先例の組み合わせに過ぎないんですよね。
先例を現状にうまく適用し直すことで生まれているので、過去とは切っても切り離せません。

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そんなわけなので、イノベーションは、スタート地点においては過去を否定するものだけど、起きるその瞬間においては過去を肯定するものになるというわけです。

これが逆説的で面白いなーと。
ずーっと過去を反証することで新しい良い考えを出そうとしていたはずなのに、最終的には過去を肯定することでまったく新しい着想が生まれるっていう。

過去を否定するだけでは先例の組み合わせの妙というのは起きなくて、空をつかむような議論に陥ってしまうのだろうなーと感じました。


この考え方は投資にもつながるところはありそうとも思いました。

個人的にすごい割安にみえる銘柄があった時には、ほかの人の見立ての間違えを示すことで良い発想とか根拠が生まれるのではなく、その正しさを肯定しつつも方向性を変えることで自分だけの新しい見立てが生まれてくる、みたいな。

すみませんちょっと適当になってしまいました笑


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今日はいつになくわかりにくい感じになってしまいました……
まとめ方もかなり手抜き気味でしたし(;_:)

自分の頭の中の整理のためにも今後はもう少し頑張ります!

ではでは今日はこれにて(^^ゞ